飛 曇 荘

 飛騨と安曇のあいだで
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焼畑文化圏

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☆画稿〈 緑のつぎはぎ小黒川 36林班そ小班から 1998.11.05 14:30 〉

 初出:『森林の技術』第62号 1998年12月 名古屋営林支局、「帰れない風景」(p.16-19) 挿画

   誌上ではこの画稿に加えて次のように書いている。

   「ここに、『みどり』1972年1月号 p.22掲載のうっそうとした山なみがよみがえるのはいつのことだろうか。」 

 

☆「ひのき山七十八年 小黒川ヒノキ人工林の記録」(『みどり』1972年1月号 p.22-32 )          

  この記録は画稿スケッチから二十七年前に書かれた。

      明治20年代に焼畑が、のちに植栽がはじまる。明治20年代から大正14年までの植栽面積合計は1,340ha 

 

☆上記、『みどり』1972年1月号 p.22掲載のうっそうとした山なみ画像は次の書籍にてごらんください

  『山の歳月』岡村誼著、桂書房(1996)

   p.92-97 「小黒川ヒノキ人工林七十年の実り」文中「伐期を迎えた小黒川ヒノキ人工林」

 

 

 

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